大学の講義には意味があるか

こんにちは。真面目ぶった投稿が増えつつあります。

先日、大学の学部1年生の後輩が「大学の授業は受ける意味がない」ということを喋っているのを聞いた。僕は素直に、あぁ、若いなwと思ったんだけれど、これってどうしたらいいのかな、とも同時に考えた。というのも、授業に意味がないと割り切って彼らが適当な大学生活を送ってしまうのを傍観するのは、先輩として無責任かなと考えたのです。ということで今日は、大学の講義に意味があるのかどうかについて書いてみようと思う。迷える学部生のみんなが出会う壁の一つだろうね。

講義を受けること

まずはこれ。講義を受けること、そのものに意味がないという人がたまにいる。その理由を聞いてみるとたいてい、
1.勉強させる気がない
2.みんな寝てるし聴いてない
3.面白くない
4.本を読めばわかる
このあたりの回答が返ってくる。1番目の理由を言う人ついては、何もわかってない、と思う。だって大学なんて自分で勉強するために来てるわけで、その前提を忘れているとしか思えない回答だろう。勉強させる気なんか大学にさらさら無いことはわかってることで、そんな文句を言ってもしょうがない。
強いて言うなら、勉強しづらい環境だと彼らが言うのであればそれは問題だとは思うが、モチベーションを学生に任せていることに関しては、高校みたいに手取り足取り、大学が補助する義務なんてない。だからよく自分のモチベーションは考え直した方が良いですね。
次、2番目の理由について、講義なんて聴くも自由、聴かぬも自由なのだから、自分が勉強したくない理由を人のせいにするなよ、と思う。ちゃんと聞いている人は絶対に一定数いるので、何かしらの形で彼らと仲良くすればいい。
3番目については、問題だと思う。本人の興味が間違っている可能性も高いから、よく考えなおした方が良いと思う。ただ、一般教養の授業に関してそういうことを言っている人は相手にしたくない。新しいことを学ぶのが苦手なだけとしか思えない。
4番目。じゃあお前勝手に勉強するのかというと、きっとそうじゃない。大学側で必修としている授業は基本的に、学士を取る上で最低限知っておかなければならない知識として決めているわけで。それを講義なしで、試験の単位が取れるほど全員が個人で本読んで勉強できるのか、という。マジョリティーができもしないことを盾にして言い訳するのはかっこ悪い。

講義なんて、ある知識を覚えるための補助にしかならないことは初めからわかっているはず。その効力は、本を読むよりは確実に高いが、聴いてなければ意味がない。大学の講義を、意味がないとかなんとか言ってきかないのは、本を買っただけで読まずにそのままにしておいて知識がつかないと言っているのと何ら変わらない。口で説明しないとわからないことだってたくさんあるわけで、それを汲み取れないようではもはや、高校から授業を受けている意味なんてなくなっている。

試験勉強をすること

試験は何のためにあるかというと、勉強しない人たちを強制的に勉強させるためにあるわけです。元々勉強する人は試験なんてしなくても知識がある程度つくわけだけど、しない人にとっては試験がモチベーションの一つになる。これによって、卒業者の知識量をなんとか担保している形が出来上がる。
試験勉強で付け焼刃の知識をつけるだけでは意味がないという意見はもっともなわけだが、そうなりたくないのであれば普段からお前が勉強すればいいだろ、とそういう話になる。どちらにせよ、学生が勉強しないのは大学のせいじゃない。

こういったことを既に考えている人と、そうでない人には4年間で大きな差がつくだろう。講義に意味があるかどうか、試験に意味があるかどうかではなくて、自分の行動でそれらを有意義なことに昇華させられるかどうかがポイントになる。いつまでも、自分のモチベーションが上がらないことを自分以外のせいにしているうちは、その人に成長はないだろう。
実際、そういう気持ちは痛いほどわかるけれど、もっと冷静になって考えてみると、結局は自分が悪いことがわかってくるだろう。ただ実際、ほんとに知っていることしか話さない講義があるのか無いのかでいえば、きっとあると思う。ちゃんとした大学であればそのようなパターンは少ないとは思うけれど、可能性はゼロじゃない。けど、それが8割方の授業で当てはまる、なんてことはまずあり得ない。だってそういう人はきっと、1年目で卒論が書けることになってしまう。

ぐだぐだと書き連ねたけど、なんでも他人のせいにする人が気に入らない。せめて2年生くらいまでのうちに、自分が大学生として取るべき行動をよく考えてほしいなと思った。

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