ポエマーっぽい文章③

こんにちは。秋が終わりに近づいていますね。突然冬が来るから準備しておかないと。

さて、今日はサイエンスと宗教の話。

 

「神はサイコロを振らない」

…この有名なセリフを残したのは、かの有名な物理学者アルベルト・アインシュタインだ。彼は敬虔なキリスト教信者だった。

ニュートンの物理学、現在では古典物理学と言われているものはその名の通りニュートンによって大成された。彼もまた、キリスト教の信者であった。ニュートンは生前、「神は世界をシンプルに創造した」という信念のもと、できるだけシンプルに自然界を数式で表そうとしたのである。

その結果、ニュートンの運動方程式、F=maという至極シンプルな式をもって、物体のすべての動きを記述することができたのだ。彼は神の存在を確信したことだろう。シンプルな式で自然界の摂理を解き明かし、当代でもっとも神に近い存在として生涯を終えた。というのも、自然界は神が創造したものであり、その摂理を知っているのは神のみだったから、太陽を目指したイカロスよりも、地上のニュートンの方がはるかに神に近づくことができたのだといえるのだ。

 

約200年後、アインシュタインは彗星のごとく現れた。世界でもっともクレバーな民族、ユダヤ系の出身である。アインシュタインはニュートンを尊敬し、崇拝していた。彼もまた、新たなシンプルな式で世界を表そうとしていた。

彼が見つけた式もまたシンプルだった。E=mc2という、物体のもつエネルギーを定義するものだった。アインシュタインの体験は、完全にニュートンの追体験だった。「神は世界をシンプルに創造した」と、そう確信した。

しかし、そのあとはシンプルに進まなくなった。技術が進み、ミクロな動きが観察できるようになると、確率論でしか説明のつかない事象が顕在化し始めたのだ。

神は全知全能である。百歩譲って、自然界に多少の複雑さや煩雑さをもった法則があったとしても、すべての物理現象は説明しきることができるはずだった。そもそもニュートンの運動方程式が意味するのは。力の大きさと重さがわかれば加速度がわかること、そして加速度がわかれば、その後の速度や位置が決まるというもので、未来予測そのものだった。つまり全知全能の神によって、未来永劫、すべての出来事はビッグバン-神の一撃-からシナリオが決まっていなければならなかったのだ。

アインシュタインは叫んだ。「神はサイコロを振らない」と。なぜなら神は全知全能だから、投げずとも出る目を知っている。全知全能の存在にとって、不確定要素などは存在しないのだ。

 

マクロな動きに限定すれば、ニュートンの運動方程式は今でもほぼ確実に正しいとされており、法則そのものに誤りはない。神の作った法則として十分に認められている。アインシュタインのエネルギーの式も同様だ。だから余計に話がこじれた。ミクロな動きを説明できない理由が誰にもわからなかったし、シンプルに表すことができそうになかったのだ。

現在では、不確定要素を含むミクロな動きを追う物理学を現代物理学と呼称している。物理学者たちはアインシュタインの叫びを否定するかのように見えるが、本心はそうではない。どの科学者も、シンプルに表せるはずだと信じ、法則を探し続けている。まとめてしまえば、

「神はサイコロを振るのか」

これに尽きるだろう。答えは出るのだろうか。はたまた、神もギャンブルをするのだろうか。

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