同僚は友人か、という議論

こんにちは。さすが師走と言ったところ、と感じる忙しい日が続きますね。各月の呼び方と比較しても、12月だけ異色を放ってるよね。師走だよ、師走。名前の由来は不明らしいが、後づけの考え方として、大人が走り回る忙しい月ってことになっていても、不自然さを感じないフィット具合。素晴らしい。

さて、昔から考えていることだが、同じ環境にいる人全てがお友達!ってわけにはいかない。仲良しこよしのオフィス、それが自慢です!みたいな会社、あることにはあるんだろうけど、別にそれって全然マストな事柄じゃない。

同僚というのは、あくまでも「同じ場所で働いている人」であり、好んでつるむ人、を表す友達とは意味が違う。まぁ対象人物と上下関係の差が大きい場合は同僚、といういい方はしないのだろうけれど。

最近、会社の飲み会やイベントを断りたがる人が増えているという話を、色々な場所で聴く。Twitterでもよくそういった主旨のツイートがバズっていたりする。彼ら彼女らは、そのような同僚との特別な時間を過ごすことを良しと思っていないから、断りたがるんだろう。

厳しい会社であればあるほど、仕事で打ち解けるのは難しいだろう。いくら同僚は同僚、友人ではないと言っても、ロボットみたいに仕事の話だけなんていうのは、あまりに生物的でなさすぎる。また、ある程度相手のことを知らないと、普段の適切なコミュニケーションの方法だって、大抵は上司の独りよがりになってしまう。何らかの形で、仕事以外の場所での同僚とのコミュニケーションは、長い目で見れば、あった方がお互いのためになるだろう。

人付き合いの悪い人間が飲み会を断りたいとき、個人の意思を尊重してほしいと、そんな理由を付ける場合がある。相手が良かれと思って誘っているのに、そういう返し方をする神経って、どうなっているんだろう。このシチュエーションにおいて、その類の人が主張する個人の意思を尊重というのは、「友達でもない私には無関心であってくれ」というお願い以外の何物でもないと感じるが、どうなんだろうか。

そんな中、学生の自分はどうしているかというと、企画でなければほとんど参加しない、というスタンスを取ることが多い。せいぜい2人くらいでご飯を食べるのが好きな自分は、誰かが昼に誘ってくれた時、ほとんどの場合で断ってしまうが、明日は昼を一緒に外に食べに行かないかと言われたら「良いね、どこ行こうか」となる。前もって約束しようと言われても断っていては、本当に人付き合いの悪い人になってしまうから。というか、別に、嫌いだからと断っているわけではないから。

研究室の同じ人、すなわち会社で言えば同僚に当たる人たちを、自分は「研究室にいる時間において」友達だと認識していない。別に、嫌いな人たちだというわけじゃない。仲が悪いわけでもない。むしろいい方だと思うが、友達かと言われると、それは違うと思っている。

そう、言ってしまえば同僚だから、自分は彼らと研究テーマの話や、もう少し真面目な話がしたい。そういう話ばかりでは窮屈だと冒頭に書いたけど、話題の割合が逆転していると感じてしまうほどなのはおかしい。

最近の話で言えば、就活シーズンが始まりつつあるのもあり就活の話が増えた。形式ばった就活に不満を抱きながらも、出る杭や悪目立ちを恐れ量産型と化す彼らを見て、もうその話題自体に辟易している自分はしんどいと感じる。そうじゃない、自分が聴きたいのは、ストレス発散の話ではない。せっかくみんな似通ったミッションや目標があって、似た知識を持っているのであれば、その方向をメインとしたコミュニケーションを、オフィス、研究室では維持していたい。

たぶん、自分は誰かの不満を聴き続けるのが好きじゃないんだと思う。特に、自分がその対象に対して、そこまで悪く思っていない場合に。まぁ、思っていたとしても、そのヘイトを聴いて気分は良くならないよね。それをユーモラスに、面白く話せる人はすごいと思うけれど。ストレスのたまっている人間たちが集まって喋ろうとするんだから、仕方ないんだけど。まとまりつかなくなったけど今日はここで終わり。

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